ほーりーの野球日記

ほーりーの野球観察日記

自分の観方で野球を紹介します

平成世代最強のドクターK

 

1980年代にカープで活躍し、「炎のストッパー」として名を馳せた投手がいた。

脳腫瘍のため32年の若さでこの世を去ったその大投手の生涯が、2000年に「最後のストライク」という作品でドラマ化され、それを当時小学5年生の野球少年が見ていた。

多賀少年野球クラブでプレーしていたその野球少年はその後、滋賀県の多賀中学を県大会ベスト4に導いた。八幡商業に進学後は1年夏に甲子園に出場するもベンチには入れず、2年夏からエースとなるもその後はチームとして甲子園出場を果たすことはできなかった。注目を集めたのは三重中京大学に進学してからだった。1年秋から登板し、東海地区では27勝無敗を達成。2012年の大学選手権では、延長10回の参考記録ながら1試合20奪三振を記録した。

かつての大投手のドラマが放送されてから17年後の仙台―

プロ野球選手となったその野球少年は、日本のプロ野球の歴史上、未だかつて誰もなしえたことのない大記録に挑んでいた。

 

弱気は最大の敵

「『弱気は最大の敵』は、もちろん津田恒美さんの言葉で、テレビドラマを見てから好きになった言葉です」

こう語るのは東北楽天ゴールデンイーグルスのエース・則本昂大だ。打者をねじ伏せる剛速球、豪快な投球フォーム、そして背番号「14」と、重なる部分は多い。グラブの内側には「弱気は最大の敵」と刺しゅうがほどこされている。ちなみに、則本の愛犬「ツネゴン」は、津田の当時のニックネームからきている。

2017年のシーズン5月25日の時点で、野茂英雄と並ぶ日本タイ記録となる6試合連続2桁奪三振を記録していた。

来るべき日本記録への挑戦に向けた調整中、翌週から始まる交流戦について、雑誌のインタビューでこう答えていた。

「対戦したいのはジャイアンツの坂本さん。というのも、14年6月15日にコボスタ宮城で対戦したんです。8回にボウカーがホームランを打って1対0で勝っていたんですが、9回に坂本さんに逆転タイムリーを打たれ、そのまま3点を取られて完投負け。(中略)今年こそやり返したいんです!」(週刊ベースボール2017年6月12日号)

 

そして迎えた6月1日のジャイアンツ戦。8回のマウンドに立つ則本は、ここまで9個の三振を奪っていた。迎える打者は、インタビューで「対戦したい打者」を答えていた坂本勇人だった。そして、フルカウントから投じた6球目、真ん中から低めに落ちるフォークに坂本のバットが空を切った。

日本プロ野球史上、前人未踏の7試合連続2桁奪三振達成の瞬間である。最終的には、後続のマギーをストレート、阿部をスライダーでしとめ、三者連続三振でマウンドを降り、守護神の松井裕樹につなげた。

筆者は、8回の三者連続三振に則本昂大の野球選手としての歴史を見たのだった。

 

◆1年目の最終登板に訪れた転機

 平成世代最強のドクターKといっても過言ではない則本が、記録達成以前のインタビューの中で、これまで奪った三振の中で印象に残っている三振について語っていた。

それは、1年目のシーズン最終登板でのことだった。5回にオリックス伊藤光の打席、楽天バッテリーは実践でほとんど使ったことのないフォークを決め球にした。

「1年目から練習はしてきたんですけど、なかなか使いづらい球で。ですが、その後に控えるCS、日本シリーズのことを考えるとやっぱりなにか決め球がもう一つ欲しいなと思っていました。そこで投げてみたところ、光さんが体を崩して三振したんです。「これは使える!」そう思ったのがこの瞬間だったんです。」(週刊ベースボール2017年5月29日号)

同インタビューで「(フォークへの手ごたえをつかんでいなかったら)次の年の奪三振王にもなっていなかったと思いますね」と語っていた通り、2年目のシーズンの前半戦で奪った三振のほとんどはフォークだったという。後半戦はフォークを狙い打ちされて一時調子を落とすも、配球を変えることでそれに対応したという。

 

◆大学時代に習得したウイニングショット

則本のもう一つの決め球として、スライダーがある。則本曰く、3種類のスライダーを投げ分けているという。

「投げ始めたのは中学のときですが、本格的にウイニングショットに1つとして使い始めたのは大学に行ってから。(中略)ボールを切るように投げてしまうとカットボールのような変化になってしまうので、手首をひねりながら内施させながら“ドアノブ”をまわすイメージです」(週刊ベースボール2014年6月23日号)

スライダーをウイニングショットとして使い始めた大学時代とは、ドクターKとしてキャリアを歩み始めたことである。

 

◆8回の三者連続三振は則本の歴史が詰まっている

ここで話を、7試合連続2桁奪三振を達成した試合に戻したい。

8回の三者連続三振には、則本のここまでのキャリアが凝縮されていたのではないだろうか。プロ1年目で決め球としての手ごたえをつかんだフォークで坂本を、魂と熱のこもったストレートでマギーを、ドクターKの原点であるスライダーで阿部を三振にしとめた。そのようにして再び8回のシーンを振り返ってみると、また違った見え方がするのではなだろうか。

 

野球には時々、その選手の人生を垣間見る瞬間が訪れる。

こうしてまた、一人の野球選手の人生の一部を知れたことを幸運に思う。