ほーりーの野球日記

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自分の観方で野球を紹介します

『V9巨人のデータ分析』(小野俊哉)

 

 2017年6月7日、巨人が12連敗を喫した。長嶋茂雄監督の就任一年目の1975年に記録した11連敗の球団ワーストの更新は、80年を超えるプロ野球の歴史において常に勝利を求められてきたチームなだけに、非常にインパクトのあるものだったように思われる。1965年から1973年にかけての「V9」時代を知るジャイアンツファンが、12連敗を喫したその試合で掲げる「俺たちを失望させないでくれ」の横断幕が、力なく垂れていた。

 

 だが、私はふと疑問に思った。現在の若い野球ファンは、「V9」のことをどこまでご存じだろうか。あるいは、古参の巨人ファンでも、その強さをどこまで語ることができるだろうか。もしかすると、「長嶋や王を中心に、9年連続日本一を達成した」という程度の知識の人が少なくないのではないか。平成生まれの私も恥ずかしながら、その具体的な強さを聞かれると、答えに困ってしまう。

 

 「V9」を語る上で非常に貴重な書籍を紹介したい。それは、小野俊哉著、2009年に光文社から出版された『全1192試合 V9巨人のデータ分析』という書籍だ。かつて、奇跡とまでいわれたV9も、当時はスコアラー技術やテクノロジーが未発達だったため、勝った負けた、打った守った程度にしか分析されてこなかった。それが近年、著者である小野が経営する会社で開発した解析システムを利用することによって、これまで具体的な分析が行われてこなかったV9の普遍要素の検証が行われた。V9の強さの普遍要素の追求と、その検証結果がまとめられた恐らく史上初となる書籍は、今後の日本プロ野球の歴史上、極めて貴重な資料として扱われることになると思われる。

 今回は、この書籍をもとに、V9時代の巨人の強さの実態に迫りたいと思う。

 

◆川上野球の神髄は“先行逃げ切り型”

 V9時代の巨人の勝因として一貫して述べられているのは「先行逃げ切り」だ。

 まず、事前知識としてご紹介したいデータがある。小野によると、V9時代の巨人で3回を終えてリードしている展開なら、その勝率は.831だったという。3回の時点で同点なら勝率は.551、負けている場合は.329と、勝率は大幅に変わってくる。また、小野が算出したデータによると、9年間の得失点差をイニング別にみると、初回が最大のプラス286得点(766得点480失点)を叩き出している。その影響もあり、初回にリードした場合の勝率は.777を記録している。さらに、V9時代の巨人の決勝点がどこで生まれたかをみると、1-3回が最多で250勝を挙げている。試合の序盤に得点することが、V9時代の勝利の鉄則だったと考えられる。

 

◆逃げ切り型巨人を支えた1・2番コンビ

 試合の序盤で勝敗が決まる戦い方という点に着目すると、やはり初回に必ず打順が回る1~3番に注目する必要がある。

 まず、注目すべきは1・2番だ。1番打者に関していうと、V9時代の巨人では黒江透修柴田勲高田繁土井正三の4人で全試合の9割以上の1・2番を務めた。もっとも多く1番を打ったのは柴田勲で、高田繁がそれに次ぐ。

 2番打者について、これが非常に興味深かった。V9時代にもっとも多く2番を打ったのは土井正三で、黒江透修がそれに次ぐ。1・2番コンビの組み合わせは柴田・土井の勝利数が多かったのだが、注目すべきは、最高勝率は柴田・黒江の1・2番コンビだったという点だ。黒江の特徴として、高いOPSとヒットエンドランなどの攻撃的な戦術に向いているという点が挙げられている。この点において、現代野球にも通じる「強打の2番打者」として役割を果たしていたように考えられる。その一方で土井の特徴はバントやファウル打ち、盗塁アシストなどの粘り強さが挙げられている。当時、川上野球の特徴して「選手査定」が注目されていた。チームプレーの精神をいち早く取り入れた川上監督の戦術に土井が適任だったからこそ、もっとも多く2番で起用されたのだと思われる。土井と黒江、2人の個性的なプレーヤーがうまく役割を発揮したことで、初回先制点とそれによる高い勝率を生んだように考えられる。

 

◆初回得点率の高いON、勝率の高いNO

 そして打順は3・4番、つまり王貞治長嶋茂雄のONに繋がる。NOではなくONのイメージが根強いのは、その打順の試合数が圧倒的にONの方が多いことに起因する。ONにホームランが飛び出すイニングとして、初回が最多だったことからも、NOよりもONの方が初回得点率も1試合平均得点も高いことが、そのイメージの根底にあるのではないかと考えられる。だが、勝率に関していうと、意外なことにONよりもNOのほうが高かったのだ。当時、川上監督は長嶋の調子が下がると、その善後策として打順を入れ替えていたという。長嶋の調子が悪く3番を打つというこことは、つまりチームの危機を意味していた。それに奮起したのが投手陣だと小野は解説する。平均失点をみると、ONのときよりもNOのほうが、およそ1点低かったという。

 

◆勝負強さの光る5番、いやらしい下位打線

 ここから5番以降、下位打線に入っていく。V9時代、巨人の5番と最も多く務めたのは末次民夫(のちの利光)だ。V9時代の通算打率は突出して高いわけではなかったが、大舞台での印象的なホームランや、各チームのエース級投手との対戦打率など、ONのあとを打つ打者としての勝負強さが光った打者だった。

 ここでは下位打線と定義される6番以降について、直接勝利に直結するケースの多い打点と得点の総計は、ほかのチームの下位打線とそれほど大差がなかった。だが、成績に反映されない部分に、V9時代の下位打線の特徴がみえた。それが、内野フライや三振が少なく、ゴロが多かったという点だ。ゴロを打つことで相手にかかるプレッシャー、走者を進める進塁打など、ゴロを打つことで生まれる得点への突破口は多い。アウトのなり方にも、それぞれ川上監督の緻密さが見て取れる。

 

◆最も安定感あった先発投手陣

 投手の話にうつる。ここで登場してくる先発投手は主に、堀内恒夫高橋一三、城之内邦雄、金田正一らがいる。堀内をはじめとした先発投手陣の出来は、QSに反映されている。V9時代の巨人のQSは阪神と拮抗したものの、セ・リーグで1位と、先発投手の安定感が際立っていた。

 なお、V9時代を語るときに議論となるのが、「堀内と高橋ではどちらがエースだったか」だ。タイトル獲得はほぼ互角だったものの、V9時代の先発数、勝利数、勝率を鑑みると、当時のエースは堀内だったと紹介されている。

 

 ここまで、V9時代の巨人の強さを極簡潔にまとめてきた。簡潔すぎて言葉足らずなところもあったかと思うが、ご容赦いただきたい。つまるところ、先行逃げ切りが勝利の鉄則だということだ。

そのほか、ここでは紹介しなかったものの、本書のいたるところに川上野球の神髄があらわれている。今でこそ当たり前になっているバントシフトなどの守備戦術や守備専用コーチの採用、選手査定システム導入は、メジャーリーグの戦い方を参考にした川上監督が先駆けだという。川上監督の先見性とそれによる緻密なチーム編成と戦術がV9の根底にあるのだと、章を追うごとに見えてくる。

 

 現在、巨人は歴史的連敗もあり苦境に立たされている。本書を振り返り、1・2番の固定を提言したいのだが、よく考えてみて、やめた。川上監督が当時先進的だったように、その時代にはその時代にあった勝ち方があるのだ。

 だからこそ、逆境の中にいる由伸巨人には、多くの野球ファンを驚かせる斬新な戦い方を期待してしまうのだ。