ほーりーの野球日記

ほーりーの野球観察日記

自分の観方で野球を紹介します

青木宣親の勝負はここからスタートだ

 

 日本時間2017年6月12日、アストロズ青木宣親選手が日本人選手では史上7人目となる日米通算2000本安打を達成した。ヤクルトで1284本、メジャーで726本、プロ14年目での達成はイチローの13年目に次ぐ歴代2位のスピード記録、さらに大卒としては長嶋茂雄を上回る過去最速での達成となった。

 プロ2年目でセ・リーグとしては初の200本安打を達成し、首位打者も獲得。日本プロ野球では唯一となる2度の200安打も記録。最多安打を2回、首位打者を3回獲得した日本が誇る安打製造機も、決してエリート街道を走ってきたわけではなかった。2017年6月12日付の日刊スポーツが報じるように、ここまでの青木の歴史は、この2000本安打の達成をきっかけによく目にすることとなった。

 決してエリートでなく、困難だらけの野球人生を送ってきた中での偉業達成を私は精一杯お祝いさせていただきたい。

 だが、それと同時に私は青木に対して、さらなる苦難が待ち受けていることを予感しているのだった。

 

◆先人たちの不吉な共通点

 青木は7人目の日米通算2000本安打の達成者だ。ここまで、イチローマリナーズ時代2004年)、松井秀喜ヤンキース時代2007年)、松井稼頭央アストロズ時代2009年)、中村紀洋ベイスターズ時代2013年)、井口資仁(現ロッテ2013年)、福留孝介(現タイガース2016年)が名を連ねてきた。

 だが、私はこの6人の先人たちに、ある不吉な共通点を見つけてしまったのだ。それこそ、青木に遠くない未来に訪れるかもしれない困難を予感させる理由だ。

 

イチロー:2005年に自己最低打率、安打数を記録

 順番にみていく。

 まずは、1人目の達成者、イチローだ。2001年にマリナーズに移籍し、首位打者盗塁王、新人王、MVP、シルバースラッガー賞ゴールドグラブ賞と、数々のタイトルを獲得。日米通算2000本安打を達成した2004年には、1920年ジョージ・シスラーが記録した257安打を84年ぶりに更新する262安打を放ちシーズン最多安打記録を更新。最多安打とともに2度目の首位打者を獲得した。

 しかし、翌2005年、4月は好調なスタートを切るも前半戦途中で失速。メジャー移籍以降は自己最高となる15本塁打を記録、5年連続200安打を達成するも、最終的には206安打、打率.303と、安打数と打率でメジャー移籍後最低成績に終わった。

 

松井秀喜:2008年、怪我に悩み成績を落とす

 2人目の達成者は松井秀喜だ。

 メジャー1年目の2003年には開幕戦から5番で出場。本拠地開幕戦となった4月8日には、メジャー初本塁打となる満塁本塁打を放つなど、華々しいデビューを飾った。2007年には日米通算2000本安打とともに、メジャー通算100本塁打を達成。

 しかし、その年の終盤から抱えていた左膝の故障により、翌2008年は一時打率トップに立つも、最終的には9本塁打45打点と前年よりも成績を落とし、この年を境に指名打者起用が多くなっていった。

 

松井稼頭央:2010年に戦力外通告

 3人目の達成者、松井稼頭央は2009年に日米通算2000本安打を達成。アストロズに所属していたその年は、メジャー移籍後最多となる132試合に出場。しかし、翌2010年は出場機会が激減し、シーズン途中で解雇される。その年のオフに楽天に入団し、2011年からは日本球界に復帰している。

 

中村紀洋:2014年に懲戒降格、事実上の引退

 4人目、中村紀洋は2013年にDeNAベイスターズで達成。これまでの持ち味だったフルスイングを温存しての、コンパクトな当たりの見事なセンター返しだった。だが、翌年の2014年5月6日の巨人戦で、当時の中畑監督に「チームの方針に従わない言動があった」として2軍に懲罰降格させられて以降、一度も1軍に昇格することはなく、戦力外通告を受けた。今では、生涯現役を掲げてオファーを待つ傍ら、静岡県浜松開誠館高の非常勤コーチとして活動している。

 

井口資仁:2014年、日本球界復帰後、自己最低成績に終わる

 5人目の井口資仁は、日米通算2000本安打を達成した2013年からこれまでの定位置だった二塁手から一塁手での起用が多くなった。守備による負担が軽減したおかげもあり、日米通算250本塁打とともに日米通算2000本安打を達成。なお、この2000本目は、最終的にそのシーズンで24勝を記録した田中将大からホームランで決めたものだった。しかし、翌2014年は右手中指の怪我により、日本球界に復帰してから初めて規定打席到達を逃し、最低成績に終わった。

 

福留孝介:2017年、週刊誌に不倫を報じられる

 6人目の達成者は、昨シーズンの福留孝介だ。2013年に阪神に入団し、日本球界復帰。しかし復帰して数年は本来の成績を取り戻すことができなかった。それでも2015年には日米通算250本塁打、2016年には日本通算1500安打と、その2試合後に日米通算2000本安打を達成した。2016年オフには鳥谷に代わり、球団最年長キャプテンに就任する。しかし2017年の春、沖縄キャンプ中に20代女性との不倫を週刊誌に報じられた。

 

◆青木の立場は決して安泰ではない!?

 日米通算2000本安打を達成した過去全6選手は、達成した翌年に例外なく(自己責任も含まれるが)、悪い風にさらされているのだ。

 ここで、青木の話に戻りたい。

 2017年6月17日現在、ここまで青木は48試合に出場し打率.277と、まずまずな成績を収めている。私はあまりメジャー事情に詳しくないのだが、あるブログに興味深いことが書かれていた。そのブログは、ここまでの青木の出場成績から、青木がアストロズにとって貴重な戦力であることを間違いないとしつつも、ジョシュ・レディックの怪我によりマイナーから昇格したデレク・フィッシャーが青木の立場を脅かすのではないかとしている。

 以下、その内容を引用する。

 

アストロズは14日にマイナーから、デレク・フィッシャー外野手を昇格させたのだ。21歳のフィッシャーは2014年のドラフトで全体でも37番目に指名された外野手だ。MLB.comは、2月に発表した球団別のプロスペクトランキングでアストロズのNo4としている。彼が昇格したのは、レギュラー外野手のジョシュ・レディックが12日のレンジャーズ戦での守備で脳震盪を負い、7日間の故障者リスト入りしたためだ。したがって、レディックが戦列に復帰すれば、今度はフィッシャーが3Aに戻されるというのが順当なシナリオだ。しかし、そうならない展開も決してありえないとは言い切れない。実際、昇格後フィッシャーはいきなりデビュー戦で初本塁打を含む2安打に2四球で計4度出塁と目覚ましい活躍を見せているのだ。(中略)出塁率は高く、青木には絶対的に欠けるパワーがある(今季、3Aですでに16本塁打を放っている)。これから先、彼ら2人のパワーバランスは確実にフィッシャーに傾いていく。青木のプラトーンプレーヤーとしての位置付けは決して安泰ではない。

「豊浦彰太郎のMLBブログ ”Baseball Spoken Here”」2016年6月16日より

 

 それでも、アストロズのヒンチ監督は青木の能力を高く評価している。青木がメジャーデビューした2012年から昨シーズンまでの三振率がメジャーでもっとも低く、三振しない打者として、あくまでもアストロズの戦力として補強した。

 ただ、それでもやはり「1番を打つのか9番を打つのか、左腕が先発の試合はどれだけ出場するのか、そういったことはこれから決めたい」と、移籍が決まった際に具体的な起用法について明言を避けていた。実際、アストロズの外野陣はジョージ・スプリンガーが固定のレギュラーで、青木はジョシュ・レディックとプラトーン起用されている。

 

 日米通算2000本安打を節目に、青木には新たな試練が待っているのではないだろうか。

 それでも、私はこれまでの青木がそうだったように、どんな苦境にも負けない活躍を、野球ファンとして期待する。

 

出典:

「日刊スポーツ」2017.06.12

スポーツニッポン」2017.06.12

「豊浦彰太郎のMLBブログ”Baseball Spoken Here”」2017.06.16

https://news.yahoo.co.jp/byline/toyorashotaro/20170616-00072202/

「Full-Count」2016.12.20

https://full-count.jp/2016/12/20/post53876/